
2025年も何事もなく無事に迎えられ、日常を過ごせている事がありがたいです。
今は有事が普通にある時代。
もしかすると普通が特別になりつつあるのかもしれません。
私は5年前に癌を患い、それまで何となく過ごしていた普通の生活がなくなる経験をしました。
水は薬の味がして空気も薬の匂い、精神も不安定で何をしても落ち着かない状態。
その時に人生で初めて普通が恋しいと感じました。
普通を具体的に知る瞬間です。
最近は量子の世界に興味があり、本などを読んだりしているのですが。
そこでよく出てくるのが素粒子の話。
この素粒子には「粒子」と「波」の二つの性質があり、
この「波」の状態は物質としては現れない、つまり目には見えない状態なんだけど
人が「観測」した途端に波の性質が消え、目にみえる「粒子」になるそうです。
私たちが見るか見ないかで素粒子の状態を変えてしまうという不思議な世界。
私は病気をして「普通の生活」に戻りたいと考えました。
あの時の生活をじっくり思い返してみたのです。
つまり量子の世界で言われる「観測」をして粒子化した「普通にできる有り難さ」を認識できるようになったのだと考えてます。
僕たちが目に見えているものって、実は物凄く少ないのです。
この世界全体の5%くらい。
これって意識(観測)して初めて見えてくるものが、まだまだたくさんあるって事。
普通に道路があってインフラもあり、自然が身近にありネットもつながる。
意識したことなんかないけど、よく「観測」すると見えてくる世界が変わるかもしれません。
無意識だった事が意識して顕在化されて、
当たり前だと思っていたことが価値あるものに見えてくる。
普通を過ごせる事って、実は「有ることが難しい」ことなのだと気付く。
それらを「有り難い=ありがたい」ものだと見えたらなんか気分がよくなりそうです。
僕の周りの環境を少し観測してみると、
毎朝山の中で朝を迎えて、仕事場に来る時に海が見える。
塩と小麦と水と酵母だけのシンプルなパンを作るお店が近所にあり、
有機農家さんから野菜を送ってもらえて
ナチュラルなカフェと人がいる街にいる。
昔想像していた未来の中にちゃんといる事ができている。
ちゃんと自分が生きていたい未来を観測していた結果が粒子化された結果なのでしょう。
本年も宜しくお願いします。
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